プロの意見

HOME > プロの意見 > 過去記事一覧 > 民暴弁護士論文 > 神戸長田組事務所排除運動に参加して

民暴弁護士論文

2008年4月 特別寄稿「全国センターだより 46号」抜粋

神戸長田組事務所排除運動に参加して

 兵庫県弁護士会所属弁護士
藤掛伸之

 


 
平成18年11月8日、神戸地裁において、神戸市長田区内に新設された六代目山口組、二代目小西一家組長らと周辺住民との間で、組事務所不使用の和解が成立しました。私は、この和解に先立って同地裁に申立てられた組事務所使用禁止仮処分申立事件において、住民側弁護団事務局長を務めさせていただきました。
私が、初めて暴力団組事務所排除の事件に参加したのは、平成6年に神戸地裁尼崎支部に対して仮処分の申立てがなされた五代目山口組系中野会内加藤総業の事件でした。
 暴力団組長あるいはその関係者が自前で所有する建物を組事務所として使用している場合、これを排除するということは、憲法の財産権の保障の観点から、従来は困難とされてきました。しかし、浜松の一力一家の事件を皮切りとして、組事務所周辺住民の平穏に生活を営む人格権が、財産権の行使を制約することができるという理論が確立されてからは、全国各地で暴力団自前の組事務所の排除が数多く達成されていきました。
 加藤総業の仮処分申立事件は、そのような状況の中で申立てられた事件であり、言わば「勝って当り前」という雰囲気の中で始まった事件でした。ところが(詳細は、割愛させていただきますが)、同事件の第一審では、予想もしていない申立却下の決定がなされ住民側敗訴となりました。その主たる理由は、加藤総業には抗争歴がなく、組事務所の存在によりその周辺住民の生命・身体に具体的危険性が生じていることの疎明がないというものでした。
 全国各地で暴力団自前の組事務所排除の勝訴判決が相次ぎ、住民側の「行け行けムード」の中での敗訴は、我々弁護団にとりまして、カウンターパンチをくらったような大きな衝撃でした。とりわけ、当時はまだ弁護士経験も浅く、暴力団相手の裁判は必ず勝てると盲信していた私にとって、この事件の第一審敗訴はまさに冷や水を浴びせられた思いでした。私は、以後この敗訴を教訓として、暴力団相手の裁判といえども、根拠もなく住民有利との先入観をもつことなく徹底的に主張・立証しなければならないと肝に銘じ臨むようになりました。
 加藤総業の事件においては、その後大阪高裁での抗告審で、われわれ住民側弁護団が周辺住民約300名に対して聞取り調査を行い、組事務所の存在により具体的にどのような不安を感じているか等に関する大量の陳述書を作成して書証として提出しました。
 また、抗告審係属中に加藤総業の上部団体である中野会が抗争事件を起こし、それが新聞紙上で報道されるという「神風」が吹いてくれたこともあり、平成6年9月、原決定取消し、原審差戻しの逆転勝訴を勝取り、差戻審においては、当該建物を組事務所として使用しないという内容での和解を成立させることができました。
 その後、私は住民側弁護団の一員として三~四件の組事務所排除事件に関与し、いずれも目的を達成することができましたが、加藤総業事件で第一審敗訴という苦い経験を味わいましたので、この種事件に対して、より一層慎重に取り組んできたように思います。
 全国で組事務所排除に取組んでいる弁護士は多数おられると思いますが、たとえ下級審といえども敗訴した経験のある弁護士はそうはいないと思いますので、そのような「貴重な」経験をもつ弁護士として、あえて、私なりに考えている組事務所排除に成功するための要点を以下にまとめてみたいと思います(但し、以下は経験に基づく直感的なものであって、決して理論的なものではありません)。

第一 周辺住民の排除運動が自発的かつ積極的に行われていること

 暴力団自前の組事務所の排除が認められるためには、周辺住民の生命身体に対する危険が現実化していることが必要です。我国の法律は、暴力団という組織の結成自体を禁止しているわけではありませんので、暴力団の組事務所であれば、当然に使用を禁止できるというわけではありません。たとえば、神戸市内には、山口組総本部とよばれる我国最大の暴力団の組事務所がありますが、これに対して、今すぐに裁判所に対して組事務所としての使用禁止を申立ててもそう簡単には認められないと思われます。それは、この組事務所があることにより、周辺住民の生命身体への危険性が現実化していると裁判所に認めてもらうことが困難と思われるからです。
 排除の対象となっている暴力団が現に抗争事件を起こし、あるいは巻き込まれているという状況があれば、危険性は比較的容易に立証できると思われます。しかし、そのような状況がない場合に、周辺住民の生命身体に対する危険性が現実化していることを立証することは困難なことであり、少なくとも、周辺住民の多数が積極的かつ自発的に暴力団排除運動に参加していることが必要と思われます。なぜなら、住民が近隣に存在する暴力団の排除運動に参加するということは、かなりの労力と勇気のいることですが、それにもかかわらず、多くの住民が排除運動に参加するということは、その組事務所の存在によって自らの生命身体に危険を感じていることの何よりの証拠になると思われるからです。

第二 早期に排除運動が展開されること

 組事務所の排除は、当該組事務所の新設時または当該暴力団を巻き込んだ抗争事件等のトラブル発生時がチャンスですが、いずれにしても早期に排除運動を行うことが肝要です。
 組事務所が新設されたのに対して、周辺住民が反対運動をすることなく時間が経過し、住民が組事務所を受入れたような格好になってしまいますと、後になって反対運動をしても、その暴力団が対立抗争事件を起こしたというような新たな事情でもない限り、組事務所を排除することは難しくなると思います。「鉄は熱いうちに打て」と言いますが、組事務所の排除も早ければ早いほど有利であると思われます。

第三 警察や暴追センターとの連携がなされること

 暴対法施行後、暴力団は建物を組事務所として使用していることを隠す傾向にあり、当該建物が組事務所であることを立証することは必ずしも容易ではありません。
 そのような場合には、多くの暴力団情報を保有している警察や暴追センターとの情報交換が不可欠です。もちろん、守秘義務や警察が保有する暴力団情報の開示基準である平成12年通達の制約がありますが、許容される範囲で警察や暴追センターから情報提供してもらう必要があります。
 また、過去においては、組事務所排除運動の住民や弁護団のメンバーが暴力団員から襲撃を受けるという事件も発生しており、関係者の身辺保護の観点からも警察・暴追センターとの連携が必要です。
 また、排除運動を成功させるためには、弁護士費用や各種手続費用などのための資金収集も必要ですが、暴追センターは一定の要件のもとで、これらの資金を融通する制度も用意しています。
 さて、そこで冒頭紹介した小西一家事件に戻りますが、この事件は、今後の組事務所排除運動のお手本になると言われるほどの成果を収めることができました。 それは次のような事情によるものです。
 まず第一に、住民の反対運動の動きが非常に早かったということが挙げられると思います。 住民らは平成18年1月頃に、組事務所の新設を知るや、直ちに地元自治会の役員が中心となって反対運動の準備委員会を組織し、 翌2月には、早くも約600名が参加して、暴力団組事務所追放等協議会の設立総会を開催しております。
 次に、成功の原因の第二として、住民の反対運動が大規模かつ組織的であったことが挙げられると思います。
 小西一家組事務所周辺の住民は多数が実名を出して排除運動に参加し、つらい真夏の決起集会や夜間のパトロールなど、組事務所の存在に危険を感じていなければできないような活動をねばり強く展開していきました。
 成功の原因の第三は、住民と弁護団と警察・暴追センターとの連携が非常にうまくいったということです。
この点、我々弁護団との窓口になった排除運動の役員らは、我々弁護団のアドバイスを忠実かつ迅速に実行に移して下さり、裁判に必要な資料の収集も非常にスムーズに行うことができました。
 また、兵庫県警も様々な制約の中で、法令の範囲内で許容される暴力団情報の開示や関係者の身辺警護に務めていただきました。
 さらにまた、暴追センターは、周辺住民と弁護団・警察との連絡・協議の調整役を務めていただいただけでなく、 裁判費用の貸付を行うことにより、資金面でのバックアップもしていただきました。
 小西一家の組事務所排除は、周辺住民と警察・暴追センター、そして及ばずながら我々弁護士の力が結集した成果といえると思います。