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民暴弁護士論文

2009年4月 特別寄稿「全国センターだより50号」抜粋

鹿児島における暴力団組事務所排除の取組み

 鹿児島県弁護士会所属
弁護士 福元 紳一

 


 平成19年、鹿児島市内に出現した指定暴力団六代目山口組系の暴力団組事務所が、平成2012年12月までに完全に撤去されました。私は、その過程で鹿児島県弁護士会が設置したプロジェクトチームの責任者をさせていただきましたので、事案の概要及び特徴、早期に解決できた事情並びに今後の課題などについて、個人的な意見を織り交ぜながらまとめてみたいと思います。

第一 事案の概要

 鹿児島県における指定暴力団四代目小桜一家の支配が崩れつつある状況において、鹿児島市西千石町の5階建てビル(以下「本件建物」といい、その敷地を含めて「本件不動産」と総称します)が平成18年12月に売買され、同19年6月に外階段に鉄板が取り付けられるなど異様な外観になり、暴力団員風の男らが出入りするようになりました。そして、鹿児島県警は、同年8月、賭博の疑いで実施した家宅捜索の際、本件建物が指定暴力団六代目山口組系の暴力団組事務所として使用されており、防弾ガラスが設置されたり、建物内に複数の防弾チョッキ及び防弾盾が用意されたりしている実態を把握しました。
 本件建物が接している道路は小学校の通学路に指定されていたこともあり、平穏な生活を脅かされた地域住民が、同年9月、「山下校区安心・安全まちづくり推進連絡協議会」を発足させて、翌月9日、暴力団組事務所追放決起大会を開催したところ、その10日後の平成19年10月19日、前記協議会の会長妹尾博隆氏が路上で左臀部を刺されて、入院のみで11日間を要する傷害を負わされるという事件(以下「本件傷害事件」といいます)が発生しました。
 当弁護士会の民事介入暴力対策委員会は、同年11月、この問題に対処するためのプロジェクトチームを設置しましたが、当時は本件傷害事件の容疑者がなかなか逮捕されず、本件建物にある暴力団組事務所についても、名古屋にある暴力団の鹿児島支部の事務所、又は鹿児島に新たにできた暴力団の組事務所のいずれなのかさえ特定できない状況でした。
 ところが、平成20年1月中旬に、本件不動産の所有名義人を含む本件傷害事件の容疑者が次々に逮捕され、本件建物にある暴力団組事務所は、鹿児島に新たにできた暴力団の組事務所(指定暴力団六代目山口組二代目弘道会稲葉地一家六代目高村会松同組の事務所)であることや、本件不動産の所有名義人が松同組の組長であることなどが明らかになりました。
 そこで、本件建物から半径200メートル以内に居住する住民らは、民事手続が先行することによって、本件傷害事件の容疑者の無意味な否認を誘発することがないように捜査及び裁判の進行状況を見極めながら、暴力団組事務所の実態等についての弁護士法に基づく照会に対する鹿児島県警からの回答書などに基づいて、次の手続を順次申立てました。
① 平成20年1月29日、本件建物について暴力団組事務所としての使用禁止を求める仮処分を申請
② 同年2月12日、妹尾会長が、本件傷害事件に基づく損害賠償請求権を被保全債権として本件不動産につき不動産仮差押命令を申請
③ 同年3月6日、住民101人が、一人あたり10万円の慰謝料請求権を被保全債権として本件不動産につき不動産仮差押命令を申請
 これらのうち③の仮差押命令の申請は、要塞化した危険な暴力団組事務所の設置と、本件傷害事件の惹起によって近隣住民の平穏な生活を営む権利を侵害したことを理由とする慰謝料請求権を被保全債権とするものでした。公害訴訟などでは差止までは認められなくても慰謝料請求は認められる場合が多いことと比較して、暴力団組事務所問題では使用禁止まで認めるのであれば慰謝料請求も認めてもよいのではないかという素朴な法感覚に基づく申立てでした。
 ところが、松同組組長は、同年3月7日、本件不動産について信託を原因とする松同組舎弟頭への所有権移転登記手続を経由しました。この移転登記によって住民101人による不動産仮差押命令の申請は空振りに終りましたが、鹿児島地方裁判所は、3日後の同月10日、本件建物について暴力団組事務所としての使用を禁止する仮処分決定を下し、占有移転に備えて行った公示の申立てまで認めてくれました。そして、同月19日、執行官が本件建物一階の出入り口扉付近に公示書を貼付して仮処分決定の内容を公示しました。
 同年4月に入ると、本件建物の外階段に設置された鉄板が取り外されるなど、賃貸ビルに仮装する動きが慌しくなりましたが、住民119人は、同年5月9日、次の三件の本案訴訟を提起しました。
① 住民119人を原告、松同組の組長及び舎弟頭を被告とする暴力団組事務所使用禁止等請求訴訟
② 妹尾会長を原告、松同組組長を被告とする、本件傷害事件についての損害賠償請求訴訟
③ 住民118人を原告、松同組組長を被告とする、一人あたり10万円の慰謝料請求訴訟
 これら訴訟において、平成20年8月下旬から同年9月上旬にかけて、本件傷害事件の捜査の過程で作成された、本件建物の利用状況及び資金源などについての詳細な供述調書及び捜査報告書等を証拠として提出し、被告らが徹底抗戦を続けるのであれば、松同組組長が本件不動産を取得した際の資金源などに深く関与していることが明らかになった上部団体の組長に対する訴訟も検討せざるを得ない旨、主張しました。
 このような手続を順次進めたところ、松同組組長は、同年10月上旬、本件不動産の所有名義を舎弟頭から取り戻したうえで、名古屋市の会社(警察が上部団体のフロント企業であると把握していた会社)へ移転しました。そして、この会社は、鹿児島市内の複数の不動産業者に本件不動産の売却斡旋の依頼をしたようでした。
 住民らが鹿児島県暴力追放運動推進センターの支援によって設置した、監視カメラの記録及び本件建物への出入り等に関する鹿児島県警からの回答書などに基づいて間接強制の申立てを行ったところ、鹿児島地方裁判所は平成20年10月21日、「違反をした日一日につき100万円を支払え」という内容の決定を出してくれましたが、この決定も本件不動産の売却の動きを後押ししてくれたように思います。
 住民らは、この機会を逃すまいと本件不動産の買受人を見つけるべく動きましたが、世間を騒がせた本件不動産の買受人は容易には見つかりませんでした。かかる状況を見かねた鹿児島県宅地建物取引業協会の関係者の奔走などによって、地域住民及び警察の歓迎する会社が平成20年12月12日、本件不動産を購入してくださり、暴力団組事務所の撤去が完了しました。ちなみに、その際の売買金額は、松同組組長らが本件不動産に投下した額を大幅に下回る金額だったようです。

第二 事案の特徴

 本件においては、 主に次の事情が解決の目途を立て難くしていました。
① 暴力団関係者が本件不動産を所有していた。
② 松同組組長が本件不動産について同組舎弟頭への信託を原因とする所有権移転登記手続を経由した。
③ 松同組の上部団体が潤沢な活動資金を有している可能性が高く、本件建物を賃貸物件に仮装するなどして住民運動等が下火になるのを待ち、その後に再び暴力団組事務所として利用することが心配された。
 他方、本件は、建物が暴力団組事務所として使用されている事実及び資金源などについて、次のとおり立証し易い事案でした。
① 本件傷害事件の発生等が契機になって平成19年暮れの段階で周辺住民、県警、暴追センター及び弁護士会の協調体制が整ったので、本件建物の利用状況についての弁護士法に基づく県警への照会や、組員の出入りについての住民による監視カメラを用いての記録などの証拠収集をタイムリーに行い、迅速に仮処分申請及び民事訴訟等の手続を進めることができた。
② 本件傷害事件の捜査の過程で、本件建物の利用状況及び資金源などについての詳細な供述調書及び捜査報告書等が作成されていた。
③ 加えて、本件傷害事件についての刑事裁判において、一部の被告人が事実関係を認めて検察官申請の証拠の取調べに同意したため、建物の利用状況及び資金源などについての詳細な供述調書及び捜査報告書等が証拠として採用された。
④ 民事裁判においては、これらの刑事記録を文書送付嘱託等の手続で入手し、建物の利用状況及び資金源などについての詳細な立証を行うことができた。

第三 早期に解決できた事情

 本件においては比較的早期に暴力団組事務所を撤去させることができました。それは以下の特殊な事情があったからであると考えています。
① 本件傷害事件が発生して、その捜査の過程で、松同組の実態や、購入資金の調達に上部団体が深く関与していたことなどが明らかになり、それらの事実が刑事事件の証拠(供述調書及び捜査報告書等)としてまとめられた。
② 本件傷害事件は立件が容易ではない事案だったが、捜査機関の努力で松同組組長をはじめとする共犯者が逮捕・勾留及び起訴され、その結果、上部団体は別として松同組自体の活動は休止に近い状態になった。
③ 本件傷害事件についての刑事裁判において共犯者の一部が全面的に自白し、検察官提出の供述調書及び捜査報告書等の大半を証拠として採用することに同意したことにより、民事訴訟においても、多くの捜査記録を刑事裁判所から取り寄せて証拠とすることができた。
④ その結果、民事訴訟において、松同組組長らが抵抗を続ける場合は、本件不動産の購入資金の調達等に深く関与したことが明らかになった上部団体の組長も、裁判の相手方にするとの方針を立てることができた。
 逆に言えば、本件において前記①から④までの事情の何れか一つでも欠けていたとすれば、相手方に本件不動産を早期に手放させることは容易にはできなかったのではないかと思います。

第四 今後の課題(その一)

 最近の判例によれば、建物が暴力団組事務所として利用されていること及び住民の不安等を立証できれば、暴力団組事務所としての使用を禁止する内容の仮処分決定や判決を出してもらうことは可能です。また、かかる仮処分決定や判決に違反したことを立証できれば、「違反をした日一日につき100万円を支払え」という内容の決定(間接強制)を出してもらうことも可能でしょう。
 しかし、相手が資金力のある暴力団の場合、建物を賃貸ビルに仮装するなどして住民運動などが下火になるのを待ち、その後に再び暴力団組事務所として利用する可能性があります。かかる対応を取られた場合、一見暴力団組事務所がなくなったかのような状況になるため、住民側が監視活動などの運動を長期間にわたって継続することは難しいと思われ、暴力団組事務所としての使用を放置する結果になりかねません。本件においても、まさにそのような危険がありました。
 このような事態を回避するため、暴力団組事務所撤去の取組みの過程で、暴力団関係者に問題の不動産を手放させる方法を模索するのが通常でしょうが、法律上は、近隣住民はもちろんのこと、不動産の売主等にも、暴力団関係者に不動産を手放させる手段がありません。
 そこで、不動産売買契約の買主が暴力団組事務所を開設した場合、売主は当該契約を解除できる旨の条項が入った契約書を普及させる必要があると考えます。そうなれば、本件のような特殊事情がない事案においても、売主が売買契約を解除することによって暴力団組事務所の撤去の目的を達することができる可能性が高まると思われるからです。
 不動産の賃貸借契約についても同様の問題があります。そして、最近の不動産賃貸借契約書の多くには、借主が「反社会的と認められる団体(暴力団・過激な政治活動集団等)の構成員であることが判明したとき」は契約を解除できる旨の条項が入っているようですが、かかる動きを売買契約にまで広げる必要があるのではないでしょうか。
 このような観点から、佐賀県が制定を検討している「暴力団事務所等開設防止条例(仮称)」は非常に参考になり、他の地方公共団体においても同様の条例が制定されれば、住民側は暴力団組事務所撤去の取組みにおいて極めて有効な手段を手に入れることができると考えます。

第五 今後の課題(その二)

 本件において、相手方は購入及び改装等のために投下した資金を大幅に下回る額で本件不動産を任意に売却する意向を示しましたが、暴力団組事務所として使用されていた物件の購入希望者は容易には見つかりませんでした。そして、地元のために本件不動産を購入しようという会社が見つかっても、同社が最初に打診した金融機関は、融資金が借主(不動産の購入者)を通じて売買代金として反社に流れるという形式面を嫌ってか、購入資金の融資を断ったようでした。相手方の投下資金を大幅に下回る額での買受けにおいてさえこのような状況でしたので、かかる特殊事情のない事案では、いずれの金融機関も購入資金の融資に応じてくれない可能性があります。
 また、債務名義を得て暴力団組事務所の不動産を競売にかける場合、現に暴力団組事務所として使用されている物件を一般の会社や個人が買い受けてくれる可能性は低く、地方公共団体又は暴力追放運動推進センター等がいったん買い受けたうえで第三者に処分せざるを得ない事態も予想されます。
 このように、同種事案においては、任意売買又は競売手続の何れで解決するにせよ、公的団体が買受資金の準備に協力できる態勢を整えておくことが必要なケースが少なくないと思います。
 さらに、本件において住民の方々が募金活動を行った際、幾らを目標にお金を集めればよいか非常に悩みました。すなわち、訴訟費用だけであればある程度の予測は可能ですが、不動産の買受費用、建物取壊し費用、あるいは財団法人などに一時的に買受人になってもらう場合の買受金額と売却金額の差損などまで想定してお金を集めるとなれば、目標金額が定まらず、かつ、確実を期するためには非常に高額になってしまいます。加えて、本件建物にある暴力団組事務所の撤去という特定の目的のために集めるお金の多くが仮に余ってしまった場合どうするか、という不安もありました。
 以上に述べた買受資金の準備に協力できる態勢を整えておく必要性、並びに募金活動に伴う負担及び悩みの軽減という観点から、久留米市が設置している「久留米市暴力追放推進基金」のような制度を、他の地方公共団体においても整備することができれば、理想的であると思います。
 ただ、起こるかどうかわからない、起こるとしても何時起こるかわからない暴力団組事務所撤去の問題のために、必要になるかどうかわからない、必要になるとしても幾ら必要になるかわからない資金を、各地方公共団体が基金として準備しておくことは、昨今の厳しい財政事情に鑑みれば容易なことではないように思われます。そこで、例えば全国暴力追放運動推進センターの運営母体である全国防犯協会連合会のような全国的な組織が、暴力団組事務所の撤去活動に必要な資金を、支援ないし一時的に融資することを目的とする基金を一元管理できれば、問題に巻き込まれた住民や地方公共団体の負担を軽減することができ、理想的ではないかと思います。

第六 まとめ

 今回の件では、近隣住民の方々、特に前記「山下校区安心・安全まちづくり推進連絡協議会」の役員の方々が中心になり、次のように多くの方々のご協力を得て、問題を早期に解決することができました。
① 本件傷害事件の捜査及び本件建物の警備などに日夜尽力された、鹿児島県警の方々
② 監視カメラの設置及び定期的な集会などの支援をされた、鹿児島県暴力追放運動推進センターの方々
③ 民事手続を担当した鹿児島県弁護士会民暴委員会の委員、特に最初から最後まで協力してくれたPTのメンバー
④ 名古屋の暴力団が鹿児島で問題を起こしているとして物心両面で支援をしてくださった、愛知県弁護士会民暴委員会の方々
⑤ 本件不動産の購入者を見つけるために奔走してくださった、鹿児島県宅地建物取引業協会の関係者の方々
⑥ 本件を解決するために本件不動産を購入してくださった、地元の会社及び購入に際して同社を支えてくださった方々
⑦ 募金に応じてくださった方々
 このように、とても多くの人達が協力して暴力団組事務所の撤去という困難な問題を解決した経験こそが、鹿児島にとって最大の収穫だったように思います。